旧国鉄が計画した片福連絡線構想において、加島に駅を誘致することを目的として1983年に結成された「加島駅設置要求実行委員会」の活動にはじまります。しかし、旧国鉄の赤字財政のため計画が暗礁に乗り上げました。その後、国鉄からJRとなり、JR西日本旅客鉄道が片福連絡線構想(後にJR東西線となる)を再浮上させました。また、駅周辺約10ヘクタールの土地区画整理事業化もあわせて計画が打ち出されました。
1988年12月、「住民による住民のためのまちづくり」をめざそうと「加島駅設置要求実行委員会」を改組し、新たに「加島地区『街』づくり実行委員会」(2002年度に「加島地区まちづくり実行委員会」に名称変更)を発足させ、土地区画整理事業にともなう公的施設整備(駅前広場・道路整備・公園整備)計画や新駅の名称要求などの活動をおこなってきました。
1998年度からは大阪市の「まちづくり支援制度」の認定団体となり、「公開性」「継続性」「自立性」「人権尊重」を基本理念として、「みんなあつまれ加島はひとつ」を合言葉に、加島全体のまちづくりを考えていこうと住民参加型の活動として、「てくてく探索会」・「加島の宝・みんなの夢」「まちづくりワークショップ」等を取り組んできました。
また、2000年度には、JR東西線「加島駅」開通3周年を記念した「まちづくりフェスタ」を、2002年度には、これまでの取り組みのまとめとして「まちづくりフォーラム」を開催し、「加島地区まちづくり基本構想」をまとめました。さらに、住民交流の取り組みとして「加島まちなみスッキリ作戦」を毎年おこなっています。
まちづくりの取り組みの成果としての「加島地区まちづくり基本構想」を2003年7月に大阪市に提出し、この「基本構想」を基に2004年3月に、加島地区住民代表と大阪市で「まちづくり研究会」を開催し、大阪市との協働のまちづくりについて意見交換をおこないました。今後も「加島地区まちづくり基本構想」を指針に、ハード面(道路整備・老朽家屋・公園整備など)の課題とソフト面(住民参加のコミュニティづくり、歴史的資源の保存、公共施設等の社会資源の活用など)の課題について活動を進めていきます。

大阪市立加島人権文化センター
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